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トロッコ列車として復活した門司築港



かつて国際貿易港だった門司港から田ノ浦の発展を期待されたものの、地域の開発が進まなかったため、その役割を果たさぬまま、わずか21年で廃線を余儀なくされたのが門司築港です。その軌跡を、敗戦後の状況も踏まえて紹介します。

門司築港の黎明期

門司築港の黎明期

1920(大正9)年12月20日、門司築港は日ノ出町九丁目~田ノ浦間(2.5km)を開通し、その歴史をスタートさせます。日ノ出町九丁目から先は九州電気軌道と接続して運行されていました。門司築港は本来、福岡県門司市において大久保、田ノ浦地区の発展に寄与するために作られました。当時の門司は山口の下関と、狭い水路を境に西の関門海峡側が「表門司」、東の周防灘側が裏門司と分かれており、裏門司にあたるのが田ノ浦でした。軌間は1,435mmで直流600V、停留所は10個ありました。

開業後、短期間で業績悪化と経営譲渡へ

門司築港は軌道線以外にも、1929(昭和4)年には鉄道線の門司~門築大久保間を開通させました。また、翌年の1930(昭和5)年には、門司~門築大久保間に外浜駅を開業させ、外浜~門司間は鹿児島本線貨物支線になります。しかし、そうした路線拡大にもかかわらず、沿線の開発が一向に進まなかったことに加えて、バスの進出、さらには昭和恐慌による不況の影響も受けてしまいます。このように不運な状況が重なったこともあり、業績はかなり悪化してしまいます。このままでは営業が成り立たないと判断した門司築港は1932(昭和7)年12月、事業を九州電気軌道(のちの西日本鉄道北九州線)に運営を委託することになり、門司築港は九州電気軌道田ノ浦線となりました。

開業からわずか21年で廃線に

九州電気軌道は乗り入れのために車両を更新し、東本町3丁目付近に施設を設けるなど、利用者の利便性を高める施策を打ち出しましたが、最後の最後まで営業成績が好転することはありませんでした。

1936(昭和11)年1月10日、この日を最後に「門築電車」の愛称で親しまれた門司築港の軌道線は、わずか21年の短い生涯を閉じることとなりました。唯一残された鉄道線の外浜~門築大久保間は門司市に譲渡されると、市営田野浦公共臨港鉄道として貨物車が運行されるようになります。

2009(平成21)年には、門司港レトロ観光線としてトロッコ列車「潮風号」を運行させました。この列車は、かつて国際貿易港として栄えた門司港に残る建造物などを使った町おこし事業として実施されている、「門司港レトロ」の一環として運行されています。