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路面電車[市電・都電]
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路面電車情報

日本に技術革新をもたらした軽快電車



日本はヨーロッパやアメリカに比べて新型路面電車の車両開発に遅れをとりましたが、その後日本全体で取り組み、日本におけるLRT(ライトレールトランジット)開発に一定の道筋をつけた「軽快電車」を誕生させます。「軽快電車」誕生までの経緯を紹介します。

欧米の技術を参考に取り組んだ最新車両開発

欧米の技術を参考に取り組んだ最新車両開発

軽快電車とは1978(昭和53)年から1980(昭和55)年にかけて開発された我が国初のLRV(ライトレールを運行する車両)のことです。「LRT」という言葉さえなかった1960年代後半、日本国内の路面電車は衰退の一途を辿り、新たに造られる車両もほぼなかったことから、昔ながらの「チンチン電車」が運行されているだけでした。そのため、技術的な面でも停滞を続けていました。

一方、路面電車が途絶えることがなかった、旧西ドイツを中心としたヨーロッパをはじめとする路面電車先進国では、大型化や連結運転、軌道のグレードアップや高速化など技術革新を続けていました。こうした状況を受けて、日本鉄道技術協会に専門家らによる委員会が設置され、日本船舶振興会の資金援助のもとで、車両メーカーと路面電車企業が共同となって、開発を進めていくことになりました。そうした経緯から開発されたのが「軽快電車」でした。

その後の路面電車の方向性を決定づけたLRTの先駆け

軽快電車は、まず広島電鉄向けに3500形3両が納入されます。2000形は軽快電車の先駆けとなった800形の連接版とも言える形式で、1980(昭和55)年に川崎重工とアルナ工機によって造られると、その後、広島電鉄の3連接車のプロトタイプとなりました。

続いて、その技術を反映させたマスプロダクションモデルとして、長崎電気軌道向け2000形2両が製造されます。同じくメーカーは川崎重工とアルナ工機で、広島電鉄のものより遅れて製造されたものの、デビューは広島電鉄に先んじて「日本初」となりました。

技術面をサポートしたのは、川崎重工をはじめ東急車両製造、アルナ工機、三菱電機東洋電機富士電機住友金属工業、日本エヤーブレーキなどで、各工程で分担して製造を進めていました。

このときは当時最新の省エネ技術であった「チョッパ制御」を採用していました。しかし、1982(昭和57)年になり、熊本市電に日本で初めてVVVFインバータ車両が登場したことをきっかけに、その後は主力がチョッパ制御からVVVF制御へと変わっていきます。このことから、実際にチョッパ制御の形式で作られた車両は、上記の2社5両のみでした。

それでも軽快電車は、デザインの斬新さだけでなく、新しい構想が様々な形で盛り込まれていました。岡山電気軌道の7000形車両をはじめ、その後の日本における路面電車に大きな影響を与え、現在のLRV導入を促すと同時に、LRTブームのきっかけを作りました。