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路面電車情報

交通革命を引き起こした馬車鉄道とは



イギリスで誕生し、開国とともに日本に導入された馬車鉄道は、まさに文明開化を思わせる交通革命を引き起こしました。ここでは、日本初となった東京馬車鉄道の開業から、その後の全国への拡大、そして路面電車への切り替えまでの歴史と経緯を振り返ります。

新橋~日本橋で幕を開けた日本の馬車鉄道

新橋~日本橋で幕を開けた日本の馬車鉄道

馬車鉄道とは、鉄製のレールの上を走る客車を馬に引かせる乗り物のことです。世界で初めての馬車鉄道は1807年にイギリスで誕生しました。それから遅れることおよそ80年、1882(明治15)年に東京馬車鉄道が新橋~日本橋間で開業し、同年には早くも日本橋~上野~浅草~日本橋へと至る環状線も開通しています。すでに馬車や乗合馬車などは運行していたものの、未舗装な道路の走行は不安定で、加えて輸送力もあまり期待できませんでした。しかし、敷設されたレール上を走る馬車鉄道は抵抗も少なくスムーズなため、輸送のスピードアップや効率化、さらには乗り心地の快適さにもつながり、文明開化の波とともに瞬く間に全国へと拡大していきました。

路面電車に取って代わった庶民の足

馬車鉄道はそれまで貴族の乗り物だった馬車や人力車に比べて運賃が安いことが特徴であり、馬車鉄道は、庶民が手にした初めての公共交通機関でもありました。乗客数がピークだった時代には、年間921万2,380人という記録を出しました。また、それぞれ達成年度は異なるものの、軌道数は最大で40、客車は最大で560両にものぼりました。

営業面では好調を維持しながら推移し、隆盛を極めた馬車鉄道ですが、課題も多くありました。運行が増えたことによる道路の破損や接触事故の多発、さらには馬による糞尿問題が、周辺住民からの苦情として、相次いで寄せられていました。これを受け、道路の拡張をはじめ、馬車鉄道に合った道路づくりを鉄道会社とともに模索します。しかし、結局のところは欧米での流れと変わらず、日本でも馬車鉄道から路面電車へ移行します。

1895(明治28)年には京都で京都電気鉄道が開業し、日本で初めての路面電車が運行されると、東京をはじめ各地で馬車鉄道から路面電車への切り替えが進みました。記録によれば、民営で最後まで馬車鉄道が営業されていたのは、1949(昭和24)年まで存続した宮崎県の銀鏡軌道でした。また、旧北海道庁が開拓民の入植地での交通として建設した殖民軌道では、昭和30年代まで営業が続けられていました。観光用ではあるものの、北海道の野幌森林公園や岩手県の小岩井牧場などでは、いまも馬車鉄道が運行されています。